見て歩く日本の城と史跡ー鹿児島県出水市(1)

島津氏の重要拠点だった出水城跡(麓町1576)

何も調べないで通りがかりに見かけて寄ってみました。『五万石溝跡』付近で、通りがかりの人に
お尋ねしてみると、「城山は、もう登れません。ぐるっと周って行くと城山墓地公園までは行けます。」
とのことでした。

 それで行ってみたのですが、やはり『出入禁止』になっていたので、そこで下山し、『五万石溝跡』を見
学をして戻りました。武家屋敷群で、島津義弘が城主として来たかもしれないという案内板を見ました。
出水城は、島津氏にとって、重要拠点だったのですね。
      ( 25/10/30 訪問)


出水市に質問のメールを差し上げたところ、文化財保存活用専門監岩崎新輔様から回答を頂きました。
(質問) 出水城似た城は、知覧城、志布志城でもみかけましたが、これはシラス台地にあるが故の
城造りなのでしょうか。もともと平だった土地に空堀を掘りあのような形態になったのでしょうか。
(回答) 出水市を含む南九州地方では、柔かいシラス土壌の場所は、造成が比較的行いやすいため、シラス
台地に多くの山城が造られたと考えられています。空堀を掘り、曲輪を独立させて防御性を高めたと
考えられています。
いくら土地が柔かくても、このような大規模な空堀が掘れるものか?と
思ったのですが、納得がいきました。ありがとうございます。

AI さん提供





『五万石溝跡』付近から見る出水城遠景

城山公園墓地には、子供の遊び場がありました。

ここで引き返しました。
『立ち入り禁止』なので諦めました。

(質問)  出入り禁止の案内板があったので、そこから引き返したのですが、
シラス台地故の危険があるのでしょうか。
(回答)  ご指摘のとおり、シラス台地に防御性を高める山城構造を行っているため危険
が残っている箇所がございます。また出水城跡の大部分は、市有隣及び保安林
になっており、安全確保のために立ち入り禁止とさせていただいております。



遠くに糸巻橋が見えました。




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