相模原市中央区は、平らな土地ではあっても、水源がないので田畑には向いていなかったと思われます。
かつて新田開発のため、現在の町田市との境を流れる境川から水を汲んできた水汲み街道の名が残って
います。そんな遠路、本当に水を運んで来たのだろうか等色々疑問が残りました。
村富神社は、新田開発に際し、開発に携わった人々の氏神様だったことも分かってきました。今後、疑
問点が解明できれば、と思っています。 お参りに行った時、梅も桜もとてもきれいでした。
(26/ 2/17 訪問) |
| メ モ |
| 矢部新田開墾 |
寛文年間 |
1661 |
江戸時代 |
第4代 |
徳川家綱 |
| 寛文年間 |
1672 |
| 矢部村立村 |
延宝元年 |
1673 |
| 検地が行われる。 |
貞享元年 |
1684 |
第5代 |
徳川綱吉 |
| 獅子頭保存 |
文化3年 |
1806 |
第11代 |
徳川家斉 |
| 清兵衛新田開墾 |
天保14年 |
1843 |
第12代 |
徳川家慶 |
| 安政3年 |
1856 |
第13代 |
徳川家定 |
京都伏見稲荷から
神霊を拝受 |
慶応2年 |
1866 |
第14代
第15代 |
徳川家茂
徳川慶喜 |
| 相模原市史 第二巻 |
明治6年 |
1874 |
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| 今年令和7年ですから、立村354年というと、立村は第4代将軍徳川家綱の時世でしょうか。 |
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