見て歩く
日本の城と史跡ー熊本県八代市(1)
肥後国の一国二城体制の八代城跡(松江城町7−34)
八代城は、石垣が良く残っていますが、本丸御殿があった場所に
八代宮が建立されて、参道のために石垣が壊されているのを見る
と、残念な気がしました。明治時代のことなので、発掘調査など
もなされておらなかったのだろうとも思い、何か物足りない思い
で一杯でした、
それでもお堀に映る石垣は見事で、本丸の周囲を歩いて楽しみ
ました。
( 25/10/26 訪問)
この頁を作るにあたり、現地案内板など使わせていただきました。
まずは、三階層櫓跡をお堀越しに見てから、欄干橋を通って城内に入りました。
三階櫓跡
本丸の鬼門にあたる北東角に設けられていた櫓です。外から見ると三階建ての櫓で、
1階約9mX10.8m、2階5.4四方。3階5.4四方の櫓でした。
八代城跡 高麗門跡・欄干橋跡
高麗門は本丸の正面にあたる表桝形門の一の門です。桝形門とは四方を石垣で囲み、敵の直進をさけるとともに、敵の側面及び
背面から攻撃するために喰い違う二ケ所に門を設けたものです。一の門には幅二間一尺の高麗門を設けていました。この高麗門
は、現在本町一丁目の本成寺に移されています。二の門は頬当御門と呼ばれ東西九間南北三間を測り、石垣上に設けられてい
いた櫓門でした。また欄干橋は本来木造の太鼓橋で、八代城築城年を示す元和八年(一六二二)銘の擬宝珠が残されています。
八代市指定文化財 旧八代城本丸表桝形門
八代城唯一之移転遺構
本成寺に移築された高麗門
欄干橋を渡ると、桝形になっています。
左が唐人櫓、右が廊下橋門です。
八代城跡 唐人櫓跡
唐人櫓は大天守の東側に位置し、東西四間、南北三間を測り、本瓦葺き入母屋造りの〇〇を〇し平櫓で〇〇〇〇、大天守との
間に長さ三間の塀が続いていました。また石垣には合坂と呼ばれる「V」字型の階段が設けられていました。石垣の石〇には「大」
という文字や記号などが線刻されたものも残されています。これらは石垣に〇〇する工人達の記号であると考えられています。
大天守
大天守は、東西十間、南北十一間を測る外観五層内観六階(地階部分を含む)でした。屋根の両棟には〇があって威容を誇って
いましたが、築城から五十三年後の寛文十二年(一六七二)二月十九日の落雷による火災で焼失してしまい、その後再建される
ことはありませんでした。
右側が大天守で中央が小天守でしょうか。
上の上の画像の左側に八代宮があります。
左が小天守で右が大天守だと思われます。
本丸の井戸跡
神橋の近くまで来て石垣に登ると、左手に神橋が見えます。
八代宮への参道です。
右手方向月見櫓へ向かいました。
八代宮をお参りした後、廊下橋門を通って、城外に出ました。
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