見て歩く日本の城と史跡ー奈良県大和郡山市(2)大和郡山城

石垣にお地蔵さままで使った大和郡山城(城内町②)

 郡山城は、豊臣秀長によって拡張されました。その時石垣の石が不足したので、墓石や地蔵等を使ったの
ですが、今もその痕跡が残っています。
 江戸時代柳澤吉里の時代から、柳澤氏が郡山藩の藩主を務めました。
武田信玄の後継者を謳う柳沢氏にとって、甲府から大和郡山への移報は無念だったのかな
という思いがあったのですが、実際に郡山城に立ってみると奈良に近く要衝の地であったことが分かりました。
郡山というと金魚が有名ですが、これは柳沢氏による産業起こしの結果です。

 地元の方々の天守修復や調査に対する情熱が感じられる見応えのある大和郡山城でした。
柳澤文庫は、甲府城の復元にも多いに役に立ったと聞きました。      (18/ 9/14 訪問)

(現地案内板より 以下も同じです。)



復元された追手東隅櫓

復元された追手向櫓


復元された追手門

追手門から旧奈良県立図書館に向かいました。
二の丸から見る天守台

 
二の丸に残る土塁 


旧奈良県立図書館


転用石材が見られます。

本丸跡にある柳澤神社

復元された追手門と追手向櫓の背面



復元された追手向櫓の背面


 
極楽橋本丸側

柳澤文庫・『幕末の郡山藩』という展示会をやっていましたが、
時間がなくパスしました。展示物の一部がこちら

柳澤文庫の側面 本丸と二の丸の間の堀

 
地点Aから本丸に向かいました。

   奥に本丸
 
 
 
 
復元された天守台についての詳しい案内板がありました。

 
柳澤吉保を祀る柳澤神社 

















































天守台から見る風景


埋門跡付近から見る天守台


 
さかさ地蔵 



大和郡山城総構え土塁



豊臣秀長が造った今に残る城下町の町並み(参考資料)

豊臣秀長が郡山城主になった時、城下町を整備して、奈良の町から町そのものを移住させたとのこと。
当時秀長が作った街並みの風情が今も残っているというのに、見ないで帰ってしまいました。
次回、訪問の機会があれば、ぜひじっくり見たいものです。


 Yahoo!AIさんに、紺屋町に残る『箱本館 紺屋』等について、質問しました。






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