郡山城は、豊臣秀長によって拡張されました。その時石垣の石が不足したので、墓石や地蔵等を使ったの
ですが、今もその痕跡が残っています。
江戸時代柳澤吉里の時代から、柳澤氏が郡山藩の藩主を務めました。
武田信玄の後継者を謳う柳沢氏にとって、甲府から大和郡山への移報は無念だったのかな
という思いがあったのですが、実際に郡山城に立ってみると奈良に近く要衝の地であったことが分かりました。
郡山というと金魚が有名ですが、これは柳沢氏による産業起こしの結果です。
地元の方々の天守修復や調査に対する情熱が感じられる見応えのある大和郡山城でした。
柳澤文庫は、甲府城の復元にも多いに役に立ったと聞きました。 (18/ 9/14 訪問)
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