| 忍城水攻め彼我戦没者慰霊の記 |
| 忍城は天正18年8月石田三成により2万余りの兵力で包囲され水攻めされたが城主成 |
| 田下総守氏長は小田原城救援のため不在であり、奥方を中心に城中一同一致団結して |
| よく戦い遂に敗れなかった。 |
| 開城後当山開基正木丹波守利英はわが命令により戦って没した彼我多数の人々の冥 |
| 福を祈って成田氏の烏山城移封に従わず当地にとどまり追善菩提に精進し翌19年2月 |
| 2日に卒した。水攻以来391年を経過したが、この度善根功徳の施主により供養塔1基 |
| を建立し開基の大悲願をここに具現するものである。今より以降善男善女人により手向 |
| けられる香華は此の地に血汐を流した多数の戦士の霊に到達するものである。 |
| 願わくば各々霊位あつまり来ってこれを享けよ。 |
| 昭和56年5月8日 天真山高源寺19世大関是光 識 |