見て歩く甲斐武田氏の史跡ー山梨県甲斐市(2)

武田信玄ゆかりの諏訪大神社(宇津谷1016) 

初詣は、信玄ゆかりの神社に行こうとネットで見つけて行ってみました。
諏訪大明神は別名保坂大明神ともいうそうですが、
近くにある諏訪大明神とどう違うのかよく分かりませんでした。
諏訪大明神には、お寺の山門のような建造物があって、
門の両脇は、武田武士が守っていました。 (18/ 1/ 1 訪問)

(現地案内板より)

鳥居の右脇のこれはなんでしょう?

『穂坂惣社』とあります。

鳥居の向うに山門のような建造物

武田武者が神社を守っています。

神社本宮

本宮を横から 屋根に割菱



窯跡は、見つかりませんでした。

最期まで武田勝頼と行動をともにした安倍加賀守の菩提寺・妙善寺(宇津谷4552)
 
諏訪大神社から国道20号線に出ようとして通りかかったお寺に、
安倍加賀守のお墓があると案内板がありました。
実は、安倍加賀守の名前を知らなかったのですが、
やはり最後まで裏切らない人は、尊敬されるのだと再認識しました。
                        (18/ 1/ 1 訪問)

(現地案内板より


 


 
  妙善寺のカヤ

 
   妙善寺の庭園


 

7年間続いた一橋陣屋跡(宇津谷921-1)

妙善寺を訪問したあと、道路の反対側にふと見つけたのが『一橋陣屋跡』です。
遺跡は何もなく、今は畑として使われているようです。
一橋陣屋は、ここから韮崎に移転したようなので、いつか韮崎にも行ってみたいものです。
                                   (18/ 1/ 1 訪問)

甲斐国には巨摩郡を中心に3万石の領地があり、その陣屋(代官所)が
宇津谷村妙善寺前に7年間置かれました。
陣屋は宝暦3年(1753)に河原部村(韮崎市)、
更に寛政13年(1801)に遠江国相良村(静岡県相良町)に移されました。
                       (甲斐市ホームページより)

妙善寺の向いにある一橋陣屋跡 



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