見て歩く甲斐武田氏の史跡ー長野県松本市(1−1−1)

松本城・総堀付近に残る史跡(1)

松本城というと内堀と外堀の中、特に天守閣に関心が集りますが、更なる外側・総堀の周辺に興味深い史跡が色々あります。
今日は、ゆっくり歩きながら総堀周辺を見てきました。忘れないうちに、少しづつアップロードしようと思います。
                                                    (19/05/11 訪問)

市役所庁舎南の庭山 東総掘の土塁の名残
辰巳御殿跡 松本城主の御殿
御幸橋 明治天皇の巡幸いに際し大手門の石垣の石を使って造った橋
牛つなぎ石 上杉謙信が武田信玄に塩を贈ったとき、塩を運んだ牛をつないだ石
女鳥羽川 ふるさとの川

(現地でいただいたパンフレットより)

市役所庁舎南の庭山・東総掘の土塁の名残

総掘方向を向いて撮影

総掘を背にして撮影
この石垣は、当時のものではないでしょうか。 総堀(庭山は総堀の際にあります。)

巣から落ちたシジュウカラの赤ちゃんを猫とカラスが狙っていました。
アッという間に猫が・・・・・・・・。(涙)

松本城主辰巳御門跡

(現地案内板より 右も同じです。)
   松本城   辰巳御殿跡
           辰巳のお庭
 この辺は、江戸の初期「泥町」と呼ばれ、町人の<まち>でしたが、江戸中期城郭の拡張により一部は外堀、一部は「○町」
と呼ばれる武家屋敷にはない辰巳門と城主の辰巳御殿が、その偉容を誇っておりましたが、明治以後、堀は埋められて「緑
町」となり、辰巳御殿は焼失し、跡は「辰巳町」と呼ばれ、再び町人の<まち>としてよみがえりました。
 その昔を偲ぶ共に、町を美しくする為に昭和53年8月緑町の住民の○意及び多くの市民の善意と努力により復元されたも
のです。現在は「みどり町」に統一されています。          松本市史より


美味しい水が飲めます。

大手門の石垣で造った御幸橋

御幸橋は、松本城・旧総堀にかかっています。

四柱神社本殿 手前が御幸橋

女鳥羽川にかかる幸橋

四柱神社の大鳥居
女鳥羽川の堤防は、石川数正時代のものでしょうか?

上杉謙信が武田信玄に塩を贈ったときの牛つなぎ石

住所変更により、中央2丁目の交差点の角になりました。



ふるさとの川・女鳥羽川

(現地案内板より 以下も同じです。)




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