| 標高686.6メートル、通称城山、別名を〇〇山、湯山ともいう。金森入国以前は、天神山城と呼ばれた。飛騨の守護代であ |
| る多賀出雲守徳吉によって、文安年中に築城され、近江の多賀天神を祀ったことから多賀天神山、城は多賀山城と呼ばれた。 |
| 水正年間には、高山外記が在城していた。 |
| 天正13年7月、金森長近は、秀吉の命を受けて飛騨へ侵攻し、翌年飛騨一国を賜った。城地として最初は鍋山城(現漆垣内町) |
| を考えたが、後、この天神山古城跡を選定した。飛騨の中央にあり、東西南北の街道が交差する最も適所と考えたのである。 |
| 築城は天正16年から始め、慶長5年までの13年で本丸、二之丸が完成し、以後可重によって更に3年で三之丸が築かれた。 |
| 高山城は、信長の安土城構築直後に築かれ、大きな影響を受けている。軍事的機能を最優先させた城ではなく、御殿風の古い |
| 城郭形式を持ち、外観二層、内部三階の構造を持つ大守を備えているのが特徴で、秀吉の大阪城築城以前における城郭史上 |
| の初期に位置付けられる。 |
| 南の大手方面には、南之出丸、北の搦手方面には東北曲輪、中段屋形が配置される。 昭和31年9月7日 岐阜県指定史跡 |