見て歩く日本の城と史跡ー三重県名張市(1)

名張藤堂家邸跡(丸の内54−3)

子供がいないので養子をもらうと、実子が産まれるという話は良く聞きますが、
江戸時代の初期、津藩・藤堂藩でも起こりました。
養子だった藤堂高吉は、藤堂高虎の実子高次の家臣として仕えることになりました。
名張に名張藤堂家を創設し幕末に至りましたが、
本家藤堂家は、名張藤堂家を危険視し、対立状態が続いたそうです。

名張には桔梗がたくさん咲いていたので、名張藤堂家は、本家藤堂家の家紋は使わず、
『桔梗紋』を家紋にしたそうです。            (17/08/31  訪問)
 

(現地案内板より  以下も同じです。)




ここからは、現地でいただいたパンフレットからの画像です。




ここを左折すると、太鼓門が移築された壽栄神社があります。

 
現在の藤堂邸の門と玄関

   廊下から見た中奥

名張藤堂家邸の太鼓門を移築した壽栄神社(丸の内) 

藤堂邸のすぐ裏側にある壽栄神社に藤堂邸の正門だった太鼓門が移築されています。
                                   (17/08/31  訪問)

 

藤堂邸

桔梗が咲き乱れていたそうです。

 

太鼓門(神社境内から)



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