見て歩く日本の城と史跡ー三重県津市(1−2)

織田信長の弟・織田信包が安濃津城の城主だった期間について(参考資料)

織田信包が安濃津城の城主だった期間等について、Yahoo!AIさんに質問しました。



津藩主富田信高が戦った安濃津城の戦い(丸の内)

津藩初代富田信高は、2代藤堂高虎の陰に隠れて余り目立たないように思えます。
津城に行くと織田信包の記述はあっても、富田信高については何もありません。
でも、関が原の前哨戦の一つとして、東軍に属した富田信高、分部光嘉(伊勢上野城主)等が
毛利秀元、長束正家、安国寺恵瓊、鍋島勝茂、長宗我部盛親らで構成された西軍と戦いました
東軍勢は1700、東軍勢は30000。これは、石田三成の忍城攻めよりも守る側は分が悪いです。
西軍に属した海賊大名九鬼嘉隆の存在もあって、富田信高側は結局開城に至りました。

関ヶ原の戦いは東軍の勝利に終わったので、富田信高、分部光嘉に加増があって富田信高は
安濃津城に復帰しましたが、伊予宇和島藩初代藩主に転じた後、改易されました。

その後、津藩は江戸時代を通じて藤堂家の支配するところとなりました。
安濃津城を津城と改名したのは、藤堂高虎です。

富田信高の史跡を探したのですが、特に見当たりませんが、今後も、探したいと思っています。
ネット上では、信高夫人の雄姿がありますので、ウィキペディアから画像を転載させていただきます。



富田氏が津城の城主だったのは、どのくらいの期間だったか、Yahoo!AIさんに質問しました。





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