| 真理姫供養塔 |
| 甲斐の国(山梨県)武田信玄公の三女。 |
| 弘治元年(1555年)に信濃に進行した武田家に木曽義康が降伏し、当時6歳の真理姫は義康の嫡男、木曽義昌の正室と |
| して木曽家に嫁入りし、武田家と木曽家は親族となった。武田家が、飛騨・美濃のこっ今日を支配する木曽家を重く見たた |
| めである。木曽からは3人の人質が送られている。 |
| しかし天正10年(1582年)、織田信長による甲州征伐が始まると、真理姫の夫・木曽義昌が義兄・武田勝頼から離反し、信 |
| 長と結んだ。木曽家の人質はその際、処刑されているが、義昌は真理姫を木曽山中にかくまっている。 |
| 木曽家がお取り潰しとなってからは、三男義一(よしかず)と旧家臣らによって保護されて98歳まで山中で暮らした。 |
| この大通寺は、木曽家の屋敷跡である。元木曽家家臣で、後に福島関所の代官になる山村家によって創建されたご縁に |
| より、この供養塔が建立された。 |
| 尚、真理姫のお墓は晩年を隠れ住んだ山中にひっそりと建てられている。 |