見て歩く日本の城と史跡ー神奈川県小田原市(1−1)

豊臣秀吉が北条攻めのために築いた石垣山一夜城跡(早川字梅ヶ窪地内)

豊臣秀吉は、天正18年(1590)4月3日小田原城の北条氏政・氏直を包囲しました。
そのとき、本陣として築かれたのが石垣山一夜城です。

一夜で築いたように見せかけたという
逸話で有名なこのお城は、実は4万人を動員して80日間かけて作ったのもです。


一夜城のイメージとはうらはらにかなり大規模で、きちんとした
お城の体裁を整えた城であるのに、驚かされました。
北条軍5万5千に対して、秀吉軍は21万とも22万とも言われています。

結局7月5日氏直は開城降伏しました。
結果、氏政、うじ照兄弟は切腹し、氏直は高野山に幽閉されて、北条氏は滅亡しました。
                              (2013/ 7/ 8 訪問)

石垣山一夜城を学ぼう!
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グーグル・マップより

(現地案内板より)

駐車場に置かれた、かつて城に使われた石。

広大な二の丸
二の丸から本丸へ

本丸奥の天守台跡
(天主閣まであったのですねぇ。)

本丸

天守台に向かって左下の西曲輪

小田原城
本丸から見る小田原城(天守閣は江戸時代のものを復元したもの)
石垣山から小田原城までは、約3kmの近さです。

左: 二の丸の北部分にある櫓台跡。井戸曲輪は、
この背面を降りたいったところにあります。
右: 淀君の化粧井戸とも呼ばれる井戸曲輪。深い石垣を降りて行きます。


今も水が溜まっています。 井戸曲輪の底から見上げた石垣



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