見て歩く甲斐武田氏の史跡ー山梨県上野原市

諏訪関跡と上野原諏訪神社(上野原210)

甲斐国24関の一つ、諏訪関は旧甲州街道沿いの神奈川県と山梨県の県境にあります。
甲州街道として整備されたのは、江戸時代に入ってのことですが、
それまでも、重要な街道であったことに変わりはありません。この関は明治4年まで存続したようです。

諏訪関の近くに諏訪神社があるので、それで『諏訪関』かと思います。
番所は宝永4年(1707年)に諏訪神社前から境川と相模川の合流点の展望のきくこの地に移転して来たのだそうです。
                                   
             (03/12/16 訪問)

(現地案内板より)

諏訪の関跡

諏訪の関跡付近の景色
三増峠の戦いからの帰路、武田軍は
上野原諏訪神社の建物から
木をはがして火を着けて
暖をとったという話が
残っています。

甲斐へ帰国後、
諏訪大社大祝・諏訪頼重の孫
武田勝頼が大工と材料を送って
修復しました。
上野原諏訪神社

矢坪坂の古戦場

享禄3年(1530年)4月23日、相模国の北条氏綱軍が甲斐に
攻めこみ、これを小山田越中守軍が迎え撃ちました。
激しい戦いの結果、小山田軍は敗退し、
富士吉田方面に逃れたそうです。

現在の矢坪坂付近は、旧甲州街道時代もかなりの難所
だったので、旧道とは別に車道が作られています。

             (07/ 6/ 9 訪問)
矢坪坂の戦い古戦場の案内板付近

(現地案内板より 以下も同じです。)




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